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21世紀も,COBOLだね
−COBOL生誕40周年トピックス−

「Bit April 2001/Vol.33, No.4」に掲載
今城哲二(日立製作所)
横塚大典(日立製作所)
床分眞一(日立製作所)

6.アメリカの40周年記念行事とグレース・ホッパー

COBOLはこの40年間順調に使われてきたが,1990年ごろから1998年にかけてはほとんど雑誌などに登場することもなく,実務の世界で静かに使われてきた.2000年問題でCOBOLプログラマ不足が深刻化し,1999年には久しぶりに各社のCOBOLプログラム教育講座が満員になるなど,負の側面でCOBOLが話題になった.

2000年になり,COBOL生誕40周年という記念すべき年を寿ぎ,COBOLを皆で盛り上げるために,1月21日にアメリカでCOBOL40周年記念セミナーと式典が開催され,約300名が参加した.高木と今城を含む日本とアメリカのNCITS/J4委員の大部分が招待された.もちろん,WG4とJ4を10年以上リードしているアン・ベネット(このときは結婚前でウォーレスという姓だった)とドン・シュリッカー,それにCODASYL COBOL委員会の最後の委員長で第4次規格のエディタを務めるCOBOL標準化の大御所のドン・ネルソン(コンパック)も出席しており,ドイツやオランダからもライマンやエビングフォイゼンが駆けつけた.

記念式典は,1月とはいえコートも不要で,メキシコ国境の暖流からの海風も頬に心地よいサンディエゴの波止場で開催された.目の前にはアメリカ海軍太平洋艦隊のAEGIS艦U.S.S.ホッパーが停泊している.この名前は,最初のCODASYL COBOL作成に多大な影響を与えたホッパー女史(海軍少将)に由来するものであり.久しぶりにCOBOL生誕時に国防省が深く関与していたことを思い出させてくれた.なお,ホッパーは「ディバッグ」ということばを最初に使ったことでも有名で,これはハーバード大のMarkUでプログラム作成時の話である.写真1は,植村俊亮先生(奈良先端大)が1970年にCODASYL COBOL委員会でホッパーにお会いしたときに本人からいただいたものである. <写真1>軍服姿のグレース・ホッパー
軍服姿のグレース・ホッパー

式典には,なきホッパーの親戚やサンディエゴの海軍幹部も出席し,美人で人を魅了するAcuCOBOL社パメーラ・コッカー会長&CEOの司会で進行し,われわれ COBOL標準化関係者も全員紹介された.式典の最後はお目当ての軍艦見学で,甲板や内部をていねいに案内してくれた.甲板には無造作に10個以上のミサイルが立てかけられており,その大きさは想像していたものと比べて小さいのが意外だった(写真2).

<写真2>サンディエゴのグレース・ホッパー記念軍艦(正面左が今城)
サンディエゴのグレース・ホッパー記念軍艦(正面左が今城)
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